教えてモリサワさん! 文字をつくる仕事って、どんなことをするの?

1500種類以上ものフォントを世に送り出す、国内最大手のフォント制作会社『株式会社モリサワ』さん。いろいろなシチュエーションで役立つフォントの使い方を指南いただいた前回に引き続き、今回もご登場いただいたフォントデザイナー3名にインタビュー。文字づくりの現場ではどんな仕事をしているのか? どうやってフォントをデザインしているのか? 知られざるフォント制作の世界を解き明かします。

<話してくれた人>
渡邉さん…フォントデザイン部所属。自分をフォントに例えると細めのゴシック体。
栁瀨さん…フォントデザイン部所属。開発に携わったフォントは「さくらぎ蛍雪」、「オーブ」など。
原野さん…フォントデザイン部所属。好きなフォントは「A1明朝」。

ライター:CLIP編集部

入社3年は書体への感覚を磨く新人研修

入社3年は書体への感覚を磨く新人研修

――まずは、モリサワに入社した経緯を教えてください。

渡邉:私は主にプロダクトデザインを勉強していて、就職活動も車や家電をデザインする企業をあたっていたのですが、なかなかうまくいかなくて……。学生時代は文字をデザインするという仕事があること自体を知りませんでしたが、登録していたリクルートサービスから「株式会社モリサワ」の関連会社である「モリサワ文研株式会社」を紹介されたのが、入社するきっかけです。

栁瀨:私はずっと「美しくて機能的なモノ」が好きだったんです。学生時代はインテリアデザインを勉強していたのですが、私も就職活動で苦戦していて……。そんなとき、ふと眺めた学校の求人票を見て、文字をデザインする仕事があることを知りました。以前から文字に興味があったので、好きなことならトライしてみようと思い応募しました。

原野:私は2人とは違って、学生時代からフォントデザイナーになりたいと思っていました。大学ではグラフィックデザインを専攻していて、1年時の必修科目で写真植字機を使う授業があったんですよ。そこで初めてモリサワという会社を、そしてフォントをつくる仕事を知りました。もともと日本の文化が好きで、古いモノを後世に残していく仕事がしたいと思っていて。書体のなかには何十年単位で使われているものもあるので、文化を残すということの一端を担いたいと思い、フォントの世界に進みました。

――入社後はまず、どのような業務を?

渡邉:私のように書体の知識がないまま入社する者も多いので、新人研修で書体の知識はもちろん、書体を見る目、つまり審美眼を養います。その後約3年間は文字を書く練習をします。モリサワで発売している「リュウミン」というスタンダードな明朝体を真似て書いてもらい、ベテランデザイナーの方に校正してもらいます。

リュウミン

これは「リュウミン」の書体を見ながら書き写すのではなく、自分でイチから原図を書き、文字の形を手に覚えさせるのです。それともう一つ、自分で書いた書体の良し悪しを見極める力を養うことも目的としています。書体のバランス感覚がつかめてくると、「リュウミン」以外の書体でもバランスが取れているか否かが分かってくるんです。

――なるほど。ほとんどの人は書体のことを知らないですもんね。

原野:私の場合は、研修で文字のラインを綺麗に書けているかを念入りにチェックしていただきましたね。今はパソコンに向かって作業することが多いのですが、当時の名残からかラインの細かい部分が気になって時間を掛けてしまいます(笑)。

渡邉:確かにこだわり過ぎると、必要以上に時間が掛かってしまいますよね。ただモリサワはフォントを制作・販売している会社なので、まずは納期に間に合わせることが一番大事。クオリティとスピード感のバランスはとても難しいです。

――文字のラインについて、その文字にはフィットするけど、違う文字に当てはめると違和感が生まれることもあると思うのですが?

原野:そうですね。最初に良いなと思っても、それにこだわり過ぎないようにしています。1文字だけ綺麗なラインや良いデザインで作れても、他の文字も同じように作れないと書体にはならないので、どんな文字に対しても程良いバランスで見えるポイントを見つけ出すことが一番大事なのかなと思います。

渡邉:文字ごとに最適なバランスがあるので、漢字の部首のデザインはどの文字もおおよそ統一しながらも、完全に同じものになりません。あとは原野さんが言ったように、他の文字との整合性も重要です。1文字に捉われてしまうと、他の文字と並べたときに違和感が生じてしまうことがよくあるんですよ。

栁瀨:私は筆系のフォントを担当することが多いので、原作者に書いていただいたプロトタイプとなる漢字のラインにどこまで近づかせることができるか、ということにこだわっています。ラインの綺麗さや美しさへの意識はあまりありません(笑)。

渡邉:デザイナーによって得意分野はさまざまです。和文(日本語の文字)が得意な人、欧文(アルファベットの文字)が得意な人、明朝体やゴシック体といった基本書体が得意な人、毛筆系の文字が得意な人。つくり方はもちろん、デザイナーの性格によってもそれぞれ異なります。

フォントをデザインする作業はほとんどがパソコン

フォントをデザインする作業はほとんどがパソコン

――入社当初、制作に携わったフォントは?

栁瀨:私が制作に携わったフォントは、「オーブ」、「さくらぎ蛍雪」というものです。

オーブ
さくらぎ蛍雪

「オーブ」と姉妹書体の「エコー」は社外デザイナーの方がデザインした文字を、モリサワで太さのバリエーションを増やして発売したフォントになります。私は丸を綺麗に整える作業をしていました(笑)。

A1ゴシック

渡邉:私は「A1ゴシック」の欧文部分のデザインの裏側。テクノロジー的な部分なのですが、「この文字とこの文字を並べるとこう変化する」という仕組みをつくりました。あとは記号類のデザインも担当しました。文字セット(定められた文字集合のこと)にはひらがな、カタカナ、漢字だけでなく、丸付き数字などいろいろな文字が入っているので、そのバリエーションを制作する作業ですね。

原野:私も初めて携わったのが「A1ゴシック」の欧文です。私の作業は、海外のデザイナーの方につくっていただいたプロトタイプの欧文を、和文に馴染むように調整するというものでした。同じプロトタイプから生まれた欧文書体は「Citrine」という名前なのですが、実は「A1ゴシック」に搭載されている欧文は「Citrine」とは少し異なり、より日本語にマッチするデザインになっているんです。

――そういった作業は手書きとパソコン、どちらを選ぶのですか?

原野:やり方は人それぞれだと思います。私がイチからつくる時は、最初のアイデアをまとめる段階では手書きでざっとスケッチし、それからパソコンで進めていきます。お二人はどうですか?

渡邉:私も最初は手書きですね。それから少々粗くてもカタチが決まってくれば、パソコンにシフトします。手書きで完璧に仕上げるというのは、相当な労力と時間が掛かってしまいますからね。

栁瀨:私も筆系の文字を扱っているとはいえ、基本的にはデジタルですね。書道家の方が墨で書いた見本をパソコンに取り込んでデータ化し、調整しています。

原野:ベテランデザイナーの方も、今はほとんどパソコンを使っています。最近はパソコンでも良質なツールが開発されているので、ほぼデジタル化されています。

読書でも街中でも、無意識に文字に目がいってしまう……

読書でも街中でも、無意識に文字に目がいってしまう……

――皆さんそれぞれ、好きなフォントはありますか?

A1ゴシック

渡邉:私は丸みのある「A1ゴシック」が好きです。入社する前は「A1明朝」が好きで、「ゴシックにもこんな角丸のフォントがあればいいな」と思っていたんです。ただ、入社したらすでに開発が進んでいました(笑)。それに実際に携わらせてもらったことも要因のひとつだと思います。

――自分で作ったとなると愛着が湧きますからね。お二人はどうですか?

A1明朝

原野:私は「A1明朝」です。細かい部分なのですが、線がクロスする部分に墨だまりと呼ばれるインクのにじみみたいなデザインが施されていて、一般的な明朝体に比べて暖かみを感じられる点が好きですね。

A1明朝の墨だまり

栁瀨:オールドスタイルの明朝体が好きで、中でも一番は「きざはし金陵」ですね。スーパーのスイーツコーナーに「あまおう」というすごく綺麗なフォントが目に飛び込んできて、思わず買って調べたら「きざはし金陵」だったんです(笑)。

きざはし金陵

――買い物でもフォントを目で追うんですね(笑)。フォント制作に携わる人ならではの職業病でしょうか?

原野:そうですね。文庫本や雑誌を読んでいても、一度文字のカタチや書体に意識がいくと文章の内容が全く頭に入ってこなくなります(笑)。買い物のときも同じで、どこかで意識が切り替わってしまうと、商品そのものより商品名のフォントのほうに目がいってしまうんです……。

渡邉:それ、よく分かります! 街中でも無意識のうちに看板の文字に集中しています。「もっとぴったり合うフォントがあるのに……」と思ったり(笑)。

原野:逆に、私はちょっとおかしなフォントの使い方をしている広告を見るのも結構好きというか……、何か楽しくなります(笑)。たとえば地域のお祭りや運動会を告知するポスターやチラシとか、意表を突かれるようなフォントが選ばれていることもあって面白いんです。

渡邉:個人的な見解かもしれませんが、一般の方がつくった掲示物ほどモリサワの新しい書体を使っているものが多いと感じます。おそらくプロの方だと、「ここにはこの書体を使う」というセオリーがある程度決まっているはずなので、逆に新商品は使いにくいのかなと。片や、一般の方はそういう抵抗はないと思います。「この文字のカタチ、面白いな」と思ってもらえれば、躊躇なく使ってくれるはずなので、作り手側としてみればありがたいですね(笑)。

栁瀨:近所の食堂のチラシに意外とモリサワの新書体が使われている、みたいな(笑)。

渡邉:新書体が発売されても、なかなか使ってもらえないんですよね。「A1ゴシック」でも定着するまでに1年ぐらい掛かりました。

栁瀨:今、ある作者の方と一緒に仕事をしているのですが、その方がデザインされたフォントの使用事例をお送りしたら、とても喜んでいただけましたね。

理想は、モリサワがブームを生み出すこと

理想は、モリサワがブームを生み出すこと

――フォント開発に至るまでに、どのような経緯でプロジェクトが動き出すのですか?

原野:まず市場調査をしている社内のディレクターから「今こういうニーズがあるから、こういうフォントをつくりたいと思っているんだけど」という相談や依頼が私たちデザイナーに来ます。フォントの調査は「最近どんなものが流行っているか」、「街ではどういう文字が使われているか」、「他社でどんなフォントが発売されているか」などを踏まえて予測を立てます。新書体が世に浸透するためには時間が掛かるので、今流行っているものの次に流行りそうなものを先読みしながら、プロジェクトを進めています。

渡邉:私たちが新しいものをつくれば、それが流行っていく可能性もあります。結局のところ、私たちがやれることとしては、今あるフォントのラインナップに不足しているもの、全く新しいコンセプトのフォントをつくることで、バリエーションを増やすことなんです。モリサワからブームを生み出すことができれば理想的ですね。

栁瀨:確かにブームを起こしたいですね。地味な仕事と思いきや、とても夢のある仕事だと思っています。

――今後、どんなフォントに携わりたいですか?

原野:私は明朝体です。個性がハッキリ出るわけではありませんが、書籍で使われるような読みやすい明朝体を手掛けてみたいです。今あるモリサワのフォントでいうと「リュウミン」が本によく使われますが、そんなオーソドックスなフォントをつくってみたいですね。

栁瀨:私はもっとデザイン寄りのフォントを手掛けてみたいです。適当に組むだけでロゴになるような、インパクトがあってデザイン性の高いものが良いですね。

渡邉:私も栁瀨さんと同じで、新しいデザイン書体をどんどん生み出していきたいです。モリサワはこれまでたくさんのフォントを世に送り出してきましたが、これからもバリエーションに富んだジャンルで革新的な書体を生み出していきたいと思っています

PROFILE
株式会社モリサワ「時代のニーズに応えること」、「文字の伝統を今の時代に活かすこと」、「品質にこだわること」をモットーに、書体開発を追求する国内最大手のフォント制作会社。現在扱っているフォントは約1500種類で、話題のアニメ映画『君の名は。』や『天気の子』のタイトルは同社の「A1明朝」を使用する。
https://www.morisawa.co.jp/


【関西でネット回線をお探しなら】 eo光は17年連続お客さま満足度 No.1!
※RBB TODAYブロードバンドアワード2023 キャリア部門 エリア別総合(近畿)第1位(2024年2月発表)
2007年~2023年17年連続受賞

詳しくはこちら

※上記掲載の情報は、取材当時のものです。掲載日以降に内容が変更される場合がございますので、あらかじめご了承ください。

  • 株式会社オプテージ

    CLIP編集部

    ご自宅でお仕事やエンタメを楽しむユーザーに向けて、回線の困りごと解決や、パソコンを使いこなすノウハウ、エンタメ情報などをお届けしています。運営元:株式会社オプテージ

関連記事