なぜ日本の教育は、諸外国と違いオンラインの波に乗れなかったのか

このコロナ禍において、日本の教育の見直しが取りざたされていますが、なかなかうまく進まず、日本でのオンライン教育は海外よりも一歩遅れていると考えられています。
今では授業も通常に戻りつつあり、その負担はなくなってきているかと思いますが、せっかくICT化を進められる機会であったのに、従来通りの授業形態となってしまう可能性が出てきています。

しかし海外ではどうなのでしょうか。事情を知る超教育協会の理事長である石戸奈々子さんにお話を聞いて、今後の日本の教育について考えていきたいと思います。

ライター:CLIP編集部

迅速にオンラインへ切り替えた海外は、日常的にICTを進めていた

――石戸さんは普段、どのようなことをされているのでしょうか

2002年からCANVASというNPO法人を立ち上げ、デジタルを活用した子どもたちの創造・表現活動を産官学連携で推進をしています。
当初は学校外で活動をしていましたが、やはり「すべての子どもたちに届けたい」と考えると学校の中で推進していくことが必要です。
そこで、2010年からは学校で1人1台情報端末を持って学習する環境を整える活動をはじめました。もちろんICTの導入がゴールではなく、それを通じて、知識の記憶・暗記型から思考・創造型の学びに変えていきたいと考えてのことです。
デジタルの導入は教育を強化するツールだと考えています。しかしICT化は社会への、世界へのキャッチアップ。世界最先端の学びをつくることにも尽力したいと考え、2018年に超教育協会を立ち上げ活動をしています。

――2002年から活動されていたのですね?

そうですね。私たちはメディアラボの100ドルパソコンに影響を受け、2005年に学校へ入ったら子どもに1人1台、パソコンを持って学んでもらう「ランドセルPC」という案を提案しました。
そして2009年、「デジタルランドセル構想」として政府にペーパーを提出しました。ランドセルのように学習ツールが何でも入っているデジタル端末を子供たちが持つ環境を整えようとしていました。
すると、2010年には、1人1台の情報端末を持って学ぶ環境を2020年までに整備することが政府目標になったのです。

――この動きは世界的に見て遅いのでしょうか?

そうですね。2010年は教育情報化に進展が見られた年でしたが、その時点でも日本は動きが遅かったと思います。当時はアメリカやイギリス、ポルトガルなどが力強い足取りを見せていました。さらに、韓国やシンガポールも国を挙げて推進していて、達成目標年を見ると日本の7~8年先を走っていた印象です。
2019年3月時点で、教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は5.4人に1台です。学校のICT環境整備という点では日本は後進国と言えます。
問題はいくつかあったのですが、ひとつは今まで教科書は紙でないといけないという法律があったからです。つまり、いくらデジタル化を頑張っても教科書にはなれなかったのです。
そこで、私たちは2012年4月に「デジタル教科書実現のための制度改正」を掲げた政策提言を発出し、実際に勝手にデジタル教科書法案概要をつくったりもしてきました。
そして時間がかかりましたが、ようやく学校教育法等の改正により2019年度からデジタル教科書が使用可能に。また、併せて2019年6月28日には「学校教育の情報化の推進に関する法律」が公布、施行されました。
私たちも民間アドバイザーとして作業に加わってつくられた法律です。それらを踏まえ、GIGAスクール構想が始動し、令和元年度補正予算額 2318億円が計上され、いよいよ1人1台の情報端末を持って学習する環境整備の準備が整い、「さぁこれからだ!」と言うタイミングで新型コロナウイルス感染症により学校が臨時休業となったのです。

――そして、コロナ禍によって、その遅れが露呈したのですね

そうですね。コロナ禍において、4月時点の文科省の調査では、双方向型のオンライン授業ができた学校は5%止まりだったといいます。
多くの学校で大量のプリントが配られ、自宅でそれに取り組むことになりました。今回、社会全体が、教育現場は「Society5.0」どころか「Society4.0」にもたどり着いていないという事実を知ったのではないでしょうか。

――元々ICT化を進めていた国はコロナ禍での教育はどうだったのですか?

上海メディアグループが放送する約10チャンネルのうち1チャンネルが、臨時措置で遠隔教育チャンネルになったそうです。通常の番組を取りやめて、先生の講義映像の放送に切り替えたと言います。
上海市教育委員会が選定した先生の講義が上海市で一斉に流れたそうなのですが、教育委員会も約2週間で映像を準備したというから驚きました。そして子どもたちは課題をプリントアウトして解いて写メで送ったりしていたようですね。

――中国全土としてもオンライン教育の分野は伸びているんですよね

その通りです。JETROの調査によると、2019年6月時点と比べて、オンライン教育が81.9%も増えたといいます。これもコロナ禍において、迅速にオンライン授業に切り替えられたというデータかと思います。

――他の国では、どのような対策が取られていたのでしょうか

アメリカ・ニューヨーク州の公立学校に通う方は、休校1週間前から先生方の準備が始まり、スムーズにオンライン授業に切り替わったとおっしゃっていました。
自治体が用意した地域の全学校がアクセスできるページがあり、そこに日常的に生徒の出席状況、成績表、課題の提出状況など学校に関連する全ての情報が掲載されているそうです。オンラインになってからは、毎朝、Google classroomでその日の課題が教科毎に届くので、それを見て好きな時間に各自こなしていく形式だったと聞きました。

――同時双方向型で授業をしているところもありましたか?

マレーシアのインターナショナルスクールに通う高校生の子にお話を聞いたら、朝から夕方まで学校に通っていたときと同じように時間割通り、Zoomを使って授業をされていたようです。
学校でも家庭でも、オンライン教育ができる環境が整っていたということですね。国を問わず、学校を問わず言えることは、日常的にICTを活用している学校がうまくオンライン教育にシフトできたと言えると思います。

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またオランダのとある学校では、デジタル・アナログ問わず様々な教材を活用した自学自習を基本とし、コーチングの場としてオンラインを活用されていました。
今回のために特別に体制が整備されたり、システムが構築されたりしていないようです。それが可能であった背景として、通常からいわゆる一斉授業がほとんどなく、さらに全員共通の時間割もないため、子どもたちごとに定められた各週の目標に基づき個別の時間割がつくられる形式であったことがあります。
日常的に自学自習に重きを置いた学習を進めていたため、家庭での学習になった場合でも、何ら変わりなく自分たちのペースで学ぶことができていたのです。学習者自身が学びの計画を立て、個々人のあった学び方で学ぶことができるのは、アフターコロナにおいて理想的な学びのスタイルだと思います。
一朝一夕ではできないことですが、アフターコロナ教育の1つのモデルではないかと感じました。

日本の教育は、高度成長期の成功体験がICT化を遅らせた

――ちなみに日本の学校でのオンライン授業の普及率はどの程度だったのでしょうか

世界中が次々とオンライン授業を導入する中で、日本は双方型のオンライン授業を実施するのはわずか5%。このような事態になった理由の一つに、ICT環境が整っていなかったことがあげられると思います。
多くの学校では「ポストにプリントが配布されて、それを時間割通りにこなす」といった家庭学習でした。
先日、そのような状況を憂いてオンライン授業を取り入れる働きかけをしている保護者の団体の方とお話をしたところ、今回の臨時休業ではじめて学校ICT化が遅れている状況を知り、「愕然とした」「こんなに遅れているとは思わなかった」とお話ししていました。同時に、「これまではそのような状況を知らなかった」とも。
学校のICT環境のことがこんなにもメディアに取り上げられたこともなかったのではないかと思います。

――なぜここまで遅れてしまったと石戸さんは考えますか?

工業社会における教育で大きな成功を収めたからだと思います。だからこそ、これだけのスピードで高度経済成長を成し遂げられました。そのような成功体験が、変化を妨げていたと思います。
気がつくと世界は日本から2周先に進んでいます。
例えば、中国はAIの教育利用を国家戦略に据え、教室にカメラやセンサーを埋めて子どもの表情や学習履歴などのデータを集め、教育改革に活かそうとしています。日本も「Society5.0」時代を代表する技術であるAI、IoT、ブロックチェーンなどを活用した先端改革にも取り組まないといけません。

――教育にそれら技術を導入すると、どういったメリットがあるのでしょうか

教科や試験、学校など、学びの内容・環境・評価を問い直す変化をもたらす可能性があります。
教科面ではAIが教科を横断する超個別学習を実現するでしょう。そのためのカリキュラム再編成も求められます。それは検定や学習指導要領の内容や存在を問うことになり得ます。
また、ブロックチェーンで学習履歴を全て蓄積することで、試験をする必要がなくなるでしょう。これは入試のあり方を問うことになります。
そうした変化により、学年や学校など教育機関の枠を超える学習環境をデザインすることができるようになります。そう、学校制度のあり方自体も問うことになり得るのです。
私たちはそれを「超教育」と名付けています。

「変えていかなければならない」と日本全体で考える

――プログラミング教育も必修化するのですよね

そうですね。これからは「よみかきプログラミング」の時代です。
私たちはコンピュータに囲まれた生活をしています。コンピュータが他の領域と違うのは、コンピュータが四角いパソコンを超えて、小さくバラバラになってあらゆるモノや分野、環境に溶け込み、定着してそれらを制御するものとなっていることです。
つまり生活・文化・社会・経済のあらゆる場面で、私たちの生活をコンピュータが支えており、そしてそれらのしくみは全てプログラミングによって生まれているのです。
その基礎メカニズムを習得することは、どのような人にも必要な基礎教養なのです。

――日本が足りていないプログラマー人材を育てるために始めた訳ではないのですね

プログラミング教育の必修化の目的はプログラマー育成ではありません。どんな職業についたとしても普遍的に求められる力を身につけることが目的です。
国語の授業があるからといって作家になるわけではありませんし、音楽の授業があるからといって作曲家になるわけではありません。
同じようにプログラミングの授業があるからといってプログラマーになるわけではありません。プログラミングを通じて論理的に考え問題を解決する力、他者と協働し、新しい価値を創造する力を育んで欲しいと思います。

――GIGAスクール構想で、子供一人1デバイスを持つとなると、オンライン教育ももっと発展していくのですか

そう願っています。これまで学校ICT化の議論をしてきましたが、コロナ禍で家庭のICT化も問題になりました。アフターコロナ教育は、オンラインと対面授業のハイブリッドになっていくのがよいと思います。

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――従来の教育に戻ってしまうことはあるのでしょうか?

もちろんあります。
「通常に戻ったから、もうオンライン授業の準備を整えなくてもいいよね」となることは避けなければなりません。学校も保護者も行政も、そして日本で働く全ての人が、教育のICT化を考えなければなりません。全国的かつ急速なまん延のおそれのある新たな感染症や大規模震災その他の非常事態の発生においても、途切れることなく教育の機会を確保するためにもしっかりと環境整備をしておく必要があります。
学校ICT化では遅れている日本の教育ですが、工業社会の教育の成功は、現場の先生方が極めて優秀で情熱を持って子どもに接してきてくれたからだと考えています。ですので変化に対応すれば、「Sosiety5.0」時代の教育においても世界最先端の学びを日本から作っていくことができるのではないかと考えています。
プログラミング教育の必修化も決して日本は導入が早かったわけではありませんが、いざ必修化すると、全国津々浦々導入できるのも日本の特徴です。これからプログラミング教育大国になれる可能性もあるでしょう。
あとは我々の意識次第だと思います。今こそこれからの教育を全ての大人が手を取り合い創造すべき時だと思います。

――本日は貴重なお話をありがとうございました。

新型コロナウイルスの発生で露呈した日本の教育現場の問題。
それは学校だけではなく、家庭にも問題があったようです。あまりにも教育に無関心すぎたが為に起こってしまった、ICT化の遅れ……。
しかし、これから我々の意識次第で変えることはできると石戸さんは話します。既にGIGAスクール構想やプログラミング教育の必修化で進み始めているオンラインでの教育。社会全体が変われば、保護者はテレワーク、子供もタブレットで家庭学習する時間も増えてきます。これからは家庭のICT化もしっかりと考えなければなりませんね。

石戸奈々子 さん

プロフィール

石戸奈々子(いしどななこ)

東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授。
総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。
著書には、「日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える」(2020年9月末刊行予定)、「子どもの創造力スイッチ!」、「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」、「デジタル教育宣言」をはじめ、監修としても「マンガでなるほど! 親子で学ぶ プログラミング教育」など多数。
http://creativekids.jp/


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