渋谷員子インタビュー/僕らがFFのドット絵に心を動かされる理由

バッグの中から取り出されたのは、パリで購入したという手帳にメイクポーチ、財布、お気に入りの小説……。ピンクやハートモチーフなど、女性らしさを感じさせるアイテムを随所に取り入れ、まるで女性誌の編集長のようにシンプルなワンピースを粋に着こなすこの女性は、自称「ファッションおたくなドットの匠」渋谷員子(しぶやかずこ)さん。

ライター:CLIP編集部

渋谷員子さんの持ち物
渋谷員子さん

「ドットの匠」でピンと来た方も、そうでない方も、渋谷さんが携わったこのキャラクターたちを見れば分かる人も多いのでは?

FF6 ティナのドット絵
FF6 ロックのドット絵

そう、あの大人気ゲーム「ファイナルファンタジー(以下FF)」や「ロマンシング サ・ガ(以下ロマサガ)」シリーズの「ドット絵」やグラフィックを担当してきたのが、スクウェア・エニックスのデザイナー・渋谷員子さんです。

渋谷員子さん

「ドットの匠」のバッグともなれば、最新のハイテクITギアが詰まっていそうなものですが、いたって普通の女子仕様。スケジュール管理も紙の手帳で(スマホで管理していたらデータがすべて消えてしまって、紙に戻したんだそう)、移動中のお供はスマホゲームではなく、J・D・ロブの「イヴ&ロークシリーズ」や、スーザン・ブロックマンの「トラブルシューター・シリーズ」などのロマンス小説。自分へのご褒美として衝動買いしたエルメスのムーンストーンのリングをお守りとして身につけ、「ELLE」や「VOGUE JAPAN」といった雑誌で海外セレブのファッション情報をチェック……などなど、一見すると「ゲーム」や「デジタル」とは無縁な印象の渋谷さん。そんな渋谷さんが、全世界にファンを持つ「ドット絵」を生み出すに至った経緯とは。どのような姿勢で仕事と向き合い、どのような未来を見据えているのでしょうか。「ドットの匠」の気になる「視点」、じっくりとお聞きしてきました。


今につながる「お絵かき人生」

――まずは普段のお仕事環境を教えてください。そもそも「ドット絵」ってどのように描いていらっしゃるんですか?

渋谷員子さん

何もない方眼紙のような画面上で、1マスずつ色を塗っていく作業は、実は30年前からあまり変わっていないんです。色の制限がなくなったこと、方眼紙のサイズが大きくなった(マスの数が増えた)こと、確認用のモニターが実際のテレビ画面からWindowsの液晶モニターに代わったことぐらいでしょうか。
私の場合は下絵を描くということをしないので、いきなりモニターに向かってドットを打ち始めます。最初に輪郭の線を描いて……ではなく、「顔」「髪」「服」など、大まかな塊ごとにベタを塗って、そこから影を入れたり、削ったり、必要に応じて縁線を入れたり……という感じです。髪の毛1本1本に線を入れていくと、ドットが足りませんからね(笑)。最近は元となるイラストを見た時に、ドット絵にした時のイメージが8割方頭に浮かぶので、そのゴールに向かって進むのみ! という感じです。

――すぐに頭の中にイメージが! 渋谷さんの頭の中でドット絵のキャラクターはどのように見えているんですか?

FF6 セリスのドット絵

みなさんがよく知っている私のドット絵は、左向きで真横から見た平面の絵だと思いますが、私の頭の中では彼らは立体的に3Dで存在していて、私は真上からや真後からなど、自由にカメラを切り替えて見ているんです。……というと、なかなか理解してもらえないんですけど(苦笑)。例えば、左向きの平面の絵を描く時も、本来は見えていない右手がこの時どう動いているか……とか、服をこう引っぱられたら後ろにこうシワが寄るハズ……ということを考えながら描いています。これは気づいたらいつの間にかできるようになっていたことで。3Dモデリングやモーションを経験したことが、生きているんだと思います。

――専門学校時代はアニメーターを目指して、アニメ制作の現場にも入っていらっしゃったとか。その時の経験も今につながっているんでしょうか?

そうですね。つながっていると言えば、おそらく幼少時からの「お絵かき人生」が、すべて現在の仕事につながっているんだと思います。小学生の頃は漫画家になりたくて、好きな漫画をまねして描いたりしていました。美内すずえ先生のちょっと怖い漫画とかが好きでしたね。
中学の美術部では、熱心な先生、先輩方に恵まれて、基礎をしっかり教えてもらいました。毎日のように石こう像をデッサンしていた時の感覚は、頭の中に3Dで作ったキャラクターを平面のドット絵にするという作業に似ているかもしれません。そのほか、学生時代には油絵や造型に挑戦し、日本に来る海外の有名な美術展にも美術部の皆とよく行きました。さらに、毎年夏には合宿で山梨にこもって風景画を描いたりして良い経験をたくさんさせてもらいました。こうした経験が、キャラクターはもちろん、「ドラゴンクエストモンスターズWANTED!」で担当した背景グラフィックの制作などにも役立っているのかもしれないですね。

渋谷員子さん

ゲーム業界において私たちの世代はちょっと特殊で、先輩や目標とする人がいなかったんです。私が入社したのは、スクウェアがファミリーコンピューターに参入した当初。私たち草創期のメンバーは、まだ誰もやったことのない、まだ世の中にないものを作り出さなければならなかった。前例がないので、自分の小さい頃からの経験を総動員して考えるしかないんです。だからこそ、すべての経験が今につながっているんです。
自分ではほとんどゲームをしないので、「あのゲームのドット、いいな……」とか「あの人がライバル!」と思うようなこともありませんでした。今にして思えば、ゲーム業界の常識を知らなかったからこそ、制作サイドの苦労も知らずに「FFⅠ」の街のグラフィックが描けたのかもしれません。知っていたら、もう少しプログラマーに優しいグラフィックが描けたかもしれませんが……(苦笑)。

ドット絵は「究極のデフォルメ」

――なるほど。ゲームに詳しくなかった渋谷さんだから持てた視点があったからこそ、「FF」や「ロマサガ」はユーザーに斬新に受け入れられ、当時ゲームになじみのなかった層をも巻き込んで人気シリーズになり得たのかもしれませんね。ただそうなると、渋谷さんのドット絵の技術を若手に教える、引き継いでいくということは、とても難しそうですが……。

そうなんです。テキストやマニュアルに落とし込めるものではないし、教えたところで、これからのゲーム業界にドット絵の需要がどれほどあるかも分かりません。CGなら、モデリング、テクスチャー、モーション、編集、演出とそれぞれ担当が分かれているのですが、ドット絵や2Dのイラストは自分の書いたものがそのまま全世界のユーザーの元に届きます。その分、やりがいはあるし、想いも込めやすいのですが、分業ができないので、育てるのが難しい割にコストパフォーマンスはよくないんです。

――伝統工芸職人の継承問題のようですね……。

私は、ドット絵は最小限の記号で表現する「究極のデフォルメ」だと考えています。そのキャラ「らしさ」を残しつつ、どこを削ってどこを残すか。キャラクターによって取捨選択の内容が変わるので定型化もできません。その選択ができるようになるには、かなりの経験とセンスが必要です。キャラクターを理解していないと描けないし、3Dで考えないと描けないんです。
「ファイナルファンタジーブレイブエクスヴィアス(FFBE)」の監修をしている関係で、外部の開発会社の方に直接教えに行く機会があるのですが、その時はもう、3~4時間付きっきりで、手取り足取り指導しています。実際にやって見せた方が理解も早いので、私がポーズを取って見せたり、紙に書いて説明したり。
最近の仕事道具は、ほぼ、紙と赤鉛筆ですよ(笑)。アニメーターを目指していた時のクセで、下絵を描く時は色鉛筆で書きたくなるんですよね。ファーバーカステルの100色色鉛筆も、もう30年ぐらいずっと使っています。昔はフォトショップがなかったので、これでキャラクターの色指定をしたりしていました。最近は送別会用に色紙を書く時に使うぐらいですけど、これまたアトリエ時代の習慣で、自分でカッターで削って使います。そうするとなぜか落ち着くんです。すごくアナログでしょう? 私(笑)。

渋谷員子さんの仕事道具の鉛筆
100色色鉛筆の紹介

ゲームのための技術ではなく、ドット絵を「アート」の域まで昇華させられればいいですね。最近ドット絵は、海外では「ピクセルアート」と呼ばれて、高く評価されている例もあるようですし。CD「FINAL FANTASY TRIBUTE ~THANKS~」のジャケットで、元々ドット絵ではなかった「FFⅦ」や「FFⅧ」のキャラクターを書き下ろしたんですが、これがなかなか好評で。ゲーム用ではなくてもこんな風にイラストとしてドット絵が使われて、みなさんに喜んでもらえれば、それはやっぱりうれしいです。

ゲームの仕事はサービス業

――誰かに喜んでもらえることが、渋谷さんの喜びなんですね。

私はデザイナーですが、ゲームはエンターテインメント。ユーザーに楽しんでもらうことが第一のサービス業です。自分のクリエイティビティよりも、ゲームになった時にどう表示されるか、ユーザーがどう思うかということにこだわっています。自分が描く時はもちろん、若手スタッフに指導する時にも、他人の視点を意識して描くよう伝えています。

――サービス業としてのプロ意識が、渋谷さんの作品、デザイナーとしての表現につながっている。

どんな小さな仕事でも、どんな難しそうな仕事でも、頼まれた仕事を断らないのが私のポリシーです。もちろん、やるからには納得できるまでとことんやる。その結果を見て、世代も性別も言語の壁も越えて、みんなが喜んでくれれば最高ですね!

取材を終えて

「普段からゲームはしない」「興味があるのはファッション」「自分の仕事はサービス業」など、渋谷さんの(ドットの匠としては)意外な一面を知ることができた取材でした。「仕事として絵を描くことを完全に割り切っている」という渋谷さんの言葉は、その表面だけを捉えると作家性がないようにも聞こえます。しかし、これまでの「お絵かき人生」のすべてが詰まった渋谷さんのドット絵は、渋谷さんの人間性そのものであり、徹底したプロ意識とサービス精神こそが、渋谷さんの作家性なのではないでしょうか。
渋谷さんの普段の人柄や仕事に対する考え方を知るにつれ、こうした渋谷さんの「素の視点」や「プロ意識」が、当時のゲーム業界に一石を投じ、次々と印象的なドット絵やデザインが生み出されてきたのではないかと感じます。
冒頭に紹介したムーンストーンのリングをつけていないと、渋谷さんの仕事力は半減してしまう気がするそうで、「指輪でMPを回復している」とのこと。(ちなみに渋谷さんのMPは「マジック・ポイント」ではなく「妄想・ポイント(笑)」なのだそう)。お気に入りのアイテムを装備すると、なぜか力が湧いてくるその感じ、すごくRPGっぽいですよね!「妄想と右腕一本でやってきた」と話す渋谷さんの、絵描きという「ジョブ」へのプロ意識と「素の視点」が生み出したドット絵は、どこか優しく、人間味に溢れています。だからこそ多くの人の共感を呼び、私たちの心を動かし続けるのではないでしょうか。

渋谷員子さん

プロフィール

渋谷 員子
CGデザイナー/アートディレクター。
旧スクウェア時代から現在のスクウェア・エニックスに至るまで「ファイナルファンタジー」や「ロマンシングサ・ガ」シリーズなどキャラクタードット絵やデザインを手掛けてきたグラフィックデザイナー。「FFⅠ」のオープニングシーンなど、今なおプレイヤーの記憶に印象深く刻まれている多数のグラフィックを担当し、「ドットの匠」としてファンを魅了する。近年はアートディレクターとしてモバイル用タイトルのデザイン監修や、音楽CD「FINAL FANTASY TRIBUTE~THANKS~」のジャケットデザイン、ファイナルファンタジーの吹奏楽コンサート「BRA★BRA FINAL FANTASY BRASS de BRAVO」のメインビジュアルドット絵など、さまざまなシーンで活躍している。

[2017年7月24日 Zing!掲載]


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※上記掲載の情報は、取材当時のものです。掲載日以降に内容が変更される場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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